おや

身体、内臓を無理くり変形させて人の親になったが、自分が自分であることを再確認し、自分で自分に辟易している。そんな感情は出来ればどこかに置き去りにして、真面目にやらなければならないのだけれど。

 

一ヶ月前、元気な子どもを産みました。この世へ引きずり出される寸前から、泣いてたんだって。誰に似たのかやる気がすごいよ。頼もしい。

 

依然としてあちこち痛いけれど、痛みのピークは当然去ったので、実家族に頼りながら、子ども中心の生活を送っている。隙を見て眠り、自分以外のためにたくさんご飯を食べて、(比喩的な意味ではなく)血を分け与えている。超肉体労働。生殖行為の是非とか家族計画とかジェンダーやセックスの問題なんかはさておき、これをやる(もしくはやらない選択をする)権利をもつのが女なのって、単純に、すごい。「宿す・産む・育む」って何にも例えられないと思った。で、何よりすごいのが、これをさり気なく(見えるように)こなしてきた、世の女性たちだと思った。

 

子の一ヶ月健診。

先生「おぉ力が強い」「腹筋が強い」「哺乳力が強くて吸いダコが出来ている」「体重の増え方もいいですね (最低値の倍の速度)」「大きな声で泣くねえ」

母子手帳に「健康」と大きく記入されていた。

よかった。


昼夜を勘違いしているようだ。
深夜は、ほぼ寝ない。

大きな声で泣いて、他の部屋で眠る大人たちの注目を集めようとしているのだろうか(実際に集まってくる)。別に叫ばなくても隣にいる私が見ていてあげるのに。見ているだけじゃなくて、ちゃんとミルクも乳もあげるし、げっぷだって出させてあげるし、もちろんおむつも取り替えてあげますよ。

そして、人の腕の中でしか寝ない。ベッドに置くとブチ切れる(下手すると抱かれていてもブチ切れている。そうなると手の施しようがない)。泣くのに疲れると、一重瞼、黒目がちな瞳で不思議そうに周りの様子を観察している(いやこっちも不思議だわ)。

 

今は偉そうな顔ですやすやと眠っている。実にぷりぷりした寝顔だ。

 

生命線が手の甲まである。